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大本山池上本門寺大堂屋根瓦葺替並びに耐震工事

約60年にわたる寺院復興の集大成――国内最大級の瓦屋根の葺替え工事

東京都大田区にある池上本門寺は,七百余年の歴史をもつ日蓮宗の大本山として知られる。
現在,大堂(だいどう)(本堂)の瓦屋根の修復・耐震補強工事が大詰めを迎えている。
高さ30m,屋根面積686坪(2,267.8m2), 最大43度の急勾配の大屋根を,ゼネコンの技術と匠の技をもって蘇らせる。

池上本門寺
池上本門寺

工事概要
大本山池上本門寺大堂屋根瓦葺替並びに耐震工事
場所:東京都大田区
発注者:日蓮宗大本山池上本門寺
設計・監理:日本建築山田設計室,星野文雄建築構造設計
規模:屋根瓦の葺替え,小屋裏の耐震補強,外装仕上げ補修
工期:2005年4月〜2006年4月
(東京建築支店施工)

東京南部・池上界隈
 東急池上線にゆられ池上本門寺のある池上駅へ。五反田駅と蒲田駅を結ぶこの3両編成の列車は,池上本門寺等の参詣者輸送のために,池上電気鉄道(当時)として1922年に池上〜蒲田間を開業したのが始まりという。
 池上駅に降り立つ。列車同様風情のある小さな駅だ。「本門寺通り」と呼ばれる商店街を抜けて寺院へ向かう。通りには,趣のある佇まいの飲食店や仏壇屋,池上名物・くず餅屋などが軒を連ねる。門前町の面影を残す街並みを5分ほど散策すると本門寺の総門が現れる。熱心な法華信者であった加藤清正公が1606年に築造寄進したといわれる「此経難持坂(しきょうなんじざか)」の急な石段をのぼる。仁王門をくぐると,目の前に大堂が現れる。現在,大屋根の改修工事が進行中で白いネットに覆われている。熱心に祈る参拝者の姿をみると,一日も早い完成が待たれる。


寺院のシンボル・大堂の改修
 池上本門寺は七百余年の歴史をもつ古刹であるが,1945年の空襲で殆どの伽藍を焼失。大堂もそのひとつで,現在の大堂は1964年に再建された鉄骨鉄筋コンクリート造のものだ。近年,屋根瓦の破損・ずれが目立ち,このたび41年ぶりに屋根を葺き替えることになった。
 「3年程前,瓦の落下の形跡を発見しました。大堂は2002年に立教開宗750年記念事業の一環として内・外装の一部を改修したばかりでしたので,大掛かりな改修は資金的に厳しく,最初はネットを張って落下防止に対応していました。しかし,大堂は日蓮大聖人の御尊像をお護りする本門寺の中心の建物ですし,参拝者の安全が何よりも第一と考え,改修に踏み切りました」。現在も浄財勧募の活動を行っていると池上本門寺の酒井智章(ちしょう)執事,伊藤文靖(ぶんせい)執事補から改修の経緯をうかがった。


1964年に再建された大堂
左から池上本門寺の伊藤執事補,酒井執事,設計者の山田設計室・山田氏

瓦を葺く際に屋根の下地に,工事の安全と改修工事のために寄付をいただいた人々に感謝の意をこめ,早水執事長自ら祈願文を書き入れた

 本工事では,既存瓦を撤去し新瓦に総葺替えするとともに,小屋裏に鉄骨トラスを設置して耐震補強を行う。通常こうした大屋根の工事は,仮設屋根を設置して作業するが,今回はコストダウンを図るため,雨水漏水対策を実施し,仮設屋根なしで施工することとなった。
 雨水漏水対策としては,まず小屋裏にビニール製の防水シートを張り,屋根の傾斜を利用して雨水を仮設樋へ排水する。さらに2次防水として,小屋裏のスラブに供用後も防水効果を発揮する漏水養生防水層を設置した。
 「2段階にわたる防水対策を施していますが,昨年夏は雨が多かったため苦労しました。大雨の際は,職員総出で小屋裏に溜まった雨水をバケツで汲みあげました。大切な寺宝に影響を与えるようなことがあってはなりません。また,大堂を使用しながらの工事ですので,安全,騒音などにも気を使います」。施工管理を行う当社東京建築支店の倉島健夫所長の話である。


雨水漏水対策と耐震補強

“かえし”のついた新瓦は,納まりがよく作業もしやすい
倉島所長(左から2人目)は5つの現場を掛け持つ多忙な日々。所長をバックアップする阿部さん(左),青木さん(右から2人目),片倉さん(右)

匠の技の数々
 改修前の瓦葺きは「湿式」と呼ばれる古くからの手法で,下地に土を敷いて瓦を葺いていた。瓦の破損・崩落の主な原因は,長い年月の間に風雨で下地の土がずれ落ちてきたことと小屋裏の鉄骨の強度不足による。今回の改修では,下地に木材を使い瓦を葺く「乾式」が採用された。
 葺替え作業の流れは次のように行われる。
1. 既存の瓦を撤去する。
2. 下地の土を高圧洗浄で落とす。
3. 土を落とした屋根の表面は凹凸があるため,防水モルタルを吹き付けて平らにする。
4. 屋根に横桟・縦桟を敷設する。
5. 桟木に瓦を置いて釘をうち,瓦を設置する。
 今回使用する瓦には“かえし”と呼ばれる凹凸をつけ,瓦同士の収まりをよくする工夫がされている。これにより,従来3枚の瓦を重ねて設置していたものが2枚で済み,瓦の使用数が約13万枚から11万8,000枚に低減でき,コスト削減,屋根の軽量化を図ることができた。


大屋根瓦の葺替えの様子。急勾配の屋根上で作業する瓦職人たち

 葺替えの現場へ向かう。大堂の周囲に組み上がった足場をあがり,高さ30mの大屋根の頂部「大棟(おおむね)」へのぼる。ここからは都心が一望できる。大屋根の傾斜は垂直に近い感覚で,思わず息を飲む。この急斜面を瓦職人たちが,滑り止めの付いた地下足袋に安全帯をつけて作業していた。“猫足場”と呼ばれる木製の専用足場をつかって器用に上り下りしている。
 「昔ながらの伝統手法により作業する職人たちにとって,通常の建築工事の安全基準に従うことは非常に難しく,品質にも影響します。しかし,何よりも安全が第一。このはざまで悩みました。監督署と交渉を重ね,落下防止ネットなどを設置し,できるだけ作業のしやすい環境にするよう工夫しました」と,倉島所長は言う。
 本工事の瓦製作と葺替えを担当する美濃瓦協業組合,山本瓦工業は,薬師寺東塔改修など数々の歴史ある建造物を手掛けた業者として知られる。瓦葺きの作業で職人技が発揮されるのは,桟木を設置する際に決める屋根の“たるみ”(瓦の葺き上がり)の曲線。遠くから大堂を見た時に一番美しくみえる屋根のプロポーションを,経験が培った職人の感性で創り出すのだ。大棟から水糸を垂らし,たるみを決めていく。遠くから見ると,屋根の中央部は凹んで見えるため,高さの調整をすることで,なだらかな曲線が描けると葺師は言う。
 今回の瓦の葺替えでは,軒先の丸瓦のデザインと共に棟の先端各所の鬼瓦の顔が新しくデザインされた。沖縄の首里城の修復などを手掛け,現在,池上本門寺の建築顧問も勤める山田設計室の山田隆司氏が設計・監理を担当した。
 「大堂の“顔”ともいえる鬼瓦。以前の特徴を残しながらも,各部に手を加えることで,鬼面の迫力を出すデザインにしました。これから先,50年100年・・・と寺院の象徴として歴史を築いていってほしいです」と,思いを語ってくださった。1月中旬,降り鬼の瓦が完成し,無事設置された。山主様原案の三ツ橘紋を軒丸瓦に配し,より力強く生まれかわった鬼面が,参拝に訪れる人々を見守っている。


軒丸瓦も本門寺の「本」をかたどった紋(左)から,寺紋の「三ツ橘」にデザインがかわった
写真左は既存の降り鬼。写真下は新しくデザインされて迫力を増した鬼面
工場製品検査。鬼瓦を手直しする山田氏

 昨年4月からスタートした工事は,現在,瓦の葺替えが最終段階を迎え,耐震補強工事,一部の外装工事を残すのみとなった。
 「池上本門寺を象徴する大堂。日蓮大聖人御尊像を安全にお護りするのに相応しい建物にすることが我々の使命です。鹿島をはじめ寺社建築を手掛ける最高レベルの職人方に手掛けていただけたことを嬉しく思います。昭和20年の空襲から今日まで,約60年の歳月を費やし本門寺の復興を続けてきました。この大堂の改修工事は復興の集大成となるでしょう」と語る酒井執事。
 寺社建築の匠の技と,現代の建築技術をもって行われた大堂の瓦屋根の大改修は,今年4月完成を迎える。


[葺替え作業の流れ]

既存の瓦を撤去し始めた頃。下地の土がずれ落ち,瓦の痛みが目立つ
瓦の撤去作業の様子。撤去された瓦はバケットに入れてクレーンで地上へおろす

下地の土を高圧洗浄して落とす。土の下からは凹凸のある鉄骨の屋根が現れる
凹凸のある屋根面に防水モルタルを吹き付け,桟木が設置しやすいように平らにする

水糸を垂らし瓦葺きのたるみを決める。美しく見えるプロポーションを決めるこの作業は職人技の見せどころだ
既存の屋根は下地に土を用いたが,今回は横桟・縦桟を設置し,瓦を葺く

桟木が敷かれた大屋根
瓦を葺く様子。手渡しによって,丁寧に瓦を置いていく

新しくデザインされた降り鬼を設置する

耐火室に納められた日蓮大聖人御尊像
 池上本門寺の大堂には,日蓮大聖人の御尊像(祖師像)が奉安されている。この像は,日蓮大聖人の7回忌(1288年)に造立したもので,像の胎内には日蓮大聖人の遺灰を入れた銅筒が納められている。現在,国の重要文化財に指定されている。
 この御尊像は,昭和20年の空襲で大堂が焼失した際,猛火の中を僧侶たちが運び出して焼失をまぬがれた。僧侶たちが命がけで守りぬいたこの霊宝を今後も大切に保管するため,2001年,当社の施工で「御尊像御降下室」が改修された。これは超高強度の耐火室内に御尊像を納め,火災や地震が発生した際,エレベータで地下の安全な場所へ降下させる仕組みになっている。現代の技術をもって,日蓮大聖人御尊像は守られている


日蓮大聖人御尊像が納められている大堂の宮殿(くうでん)
鹿島建設社内報 2006年2月号より